信濃の民謡:小室節

小諸を中心とする東信濃地方に伝わる民謡「小室(こむろ)節」は、信州のみならず日本を代表する民謡と言って過言ではないだろう。「小室」は、小諸の古い名称で、いまでもこの地方では小室節という。
小室節は、旋律がきれいであるばかりでなく、古い歴史と長い伝搬の経路を辿った由緒ある民謡である。すなわち、
旋律は、遙か遠いモンゴルの民謡「小さな葺色(しゅういろ)の馬」のそれと似ているという。昔平安時代から鎌倉時代にかけて大陸から馬の放牧の為に、この地方の放牧地「お牧ヶ原」へやってきた渡来人がもたらした民謡の旋律が伝えられたてきたといわれている。また、
江戸時代中期、越後の簪女(ごぜ)などによって越後へ伝わりこれが越後に伝わって「越後追分」となり、更に北前船で、秋田・山形へ伝わって「酒田追分」(山形県),「本荘(ほんじよう)追分」(秋田県)など各種の節回しの追分節を生み,ついに天保(1830‐44)のころに北海道に定着して「松前追分」「江差追分」となったという。
時代が下るにつれ、この追分節も、いろいろな人、様々な土地柄に逢わせて改変され、江戸末期には、追分宿で、「信濃追分・追分馬子唄」・大正時代岩村田の花柳界で「なれそ節」となり、昭和の初期には「小諸馬子唄」となっってそれぞれ今日に伝えられている。
歌詞 解説
小諸でてみりゃ 浅間の山
今朝も三筋の  煙立つ
浅間山は、佐久平野からはどこからでも見られる代表的な活火山である。美しく長い裾野をもつそのまろやかな優美な姿は、文学に、絵の画材に芸術の対象として、島崎藤村の詩に、堀辰雄の文学に、 梅原龍三郎や地元の画家小山敬三の油絵(懐古園に小山敬三美医術館がある)などに盛んに描かれている。ただ優しげな姿も時々噴火をを繰り返ていて、鬼押し出しにみる膨大な凝結溶岩の山は、天明3年(1783)の浅間山大爆の痕跡を今に伝えていて、当時の惨事を彿させる。
小諸出ぬけて 唐松ゆけば
松の露やら 涙やら
田舎田舎と 都衆はいひど
しなの良いのが 小室節


・正調小室節全国大会が毎年11月中旬小諸市民会館で行われている。問いあわせは、小諸市商工観光課:0267-22-1700
・参考:長野県商工会婦人部連合会編「信州ふるさとの歌 歌声は山なみはるかー」:(株)銀河書房・H5年刊
・制作:99/03/07・更新:01/07/12

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