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信濃の民謡:安曇節 |
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安曇節は、大正12年に発表された新民謡。松川村の医師榛葉大生さんが、古くから歌い継がれていた安曇地方の総合して再編したのが安曇節である。日本アルプスの景観と組み合わされて、安曇野の風土と生活が、良く歌い上げられている。
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| 歌詞 | 解説 |
| 槍で別れた梓と高瀬 巡り会うのは 押野崎 チョサイ コラサイ |
梓川と高瀬川は、共に北アルプス槍ヶ岳を源流とする。
梓川は、上高地・野麦街道沿い流れ、松本で、奈良井川と合流する。
高瀬川は、湯俣温泉・葛温泉をへて安曇野に出て、明科町押野で,穂高川・梓川と合流して犀川となる。 |
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日本アルプス どの山見ても 冬の姿で 夏となる チョサイ コラサイ |
夏でも雪を頂く、三千�bを越える高峰を連ねる日本アルプスを目の当たりにする安曇野は、景観の素晴らしい田園地帯である。因みに日本アルプスの名勝は、英国の登山家ウェストンが、保福寺峠でその景観に感激して命名したことに由来する。
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| 一夜穂高の山葵(わさび)となりて 京の小町を 泣かせたや チョサイ コラサイ |
大王わさび農園で代表される山葵は、全国でも有数な規模を誇り、特に戦前、穂高町は、山葵の買い付け商人とわさび芸者で賑わった。 |
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・参考:塚田正朋著「長野県の歴史」山川出版社 ・制作:99/02/07 |