長野県・郷土の作詞家、文学者「浅原六朗」:てるてる坊主


浅原六朗【あさはら・ろくろう】(M28/1895〜S52/1977):長野県池田町出身。大正8年早稲田大学英文科卒業。実業之日本社に入社。雑誌『少女の友』を編集。このころ鏡村のペンネームで、童謡『てるてる坊主』を、同郷の中山晋平の作曲で大正10年(1921)に発表。浅原六朗にとって唯一の童謡であった。 その後、小説に専念し、川端康成・尾崎士郎らと新興芸術派はの「十三人倶楽部」を結成、戦後は評論も手がけ、代表作『混血児ジョオジ』『女群行進』など、約100点に及ぶ著作がある。また、郷土の池田町には、八幡神社境内に歌碑が、役場の隣りに、「てるてる坊主の館」浅原六朗記念館があり、生前の活躍を忍ぶことが出来る。また、毎年6月の第三日曜日には、池田町と教育委員会の主催で近隣市町村の幼保児童や小中学生による「てるてるぼうず童謡祭り」が行われ、澄んだ子供達の歌声が梅雨空を吹き払うが如く爽やかに響き渡るという。
子供たちが晴天を願って「明日天気になあれ」と歌いながら、てるてる坊主をつるした習慣が始まったのは江戸時代のこと。文政年間(1818-1831)に書かれた風俗辞典『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』に記述されていて、顔のない坊主頭の「てるてる法師」をつるして、もし雨がやんだら目鼻口をつけておまつりしたとある。全国で広く行われたふうしゅうであり、中山晋平は、作曲に当たって、冒頭にわらべうたのメロディーを生かし明るく仕上げている。(「NHK日本のうた ふるさとのうた100曲」から)

てるてる坊主:浅原鏡村作詞・中山晋平作曲
てるてる坊主 てる坊主  あした天気に しておくれ  いつかの夢の 空のよに  晴れたら金の鈴(すず)あげよ
てるてる坊主 てる坊主  あした天気に しておくれ  私の願(ねがい)を聞いたなら  あまいお酒を たんと飲ましょ
てるてる坊主 てる坊主  あした天気に しておくれ  それでも曇(くも)って 泣いたなら  そなたの首を チョンと切るぞ

・参考:「日本のうた ふるさとのうた」全国実行委員会編「NHK日本のうた ふるさとのうた100曲」:講談社・1991刊
   :長野県商工会婦人部連合会編「信州ふるさとの歌歌声は山なみはるかー」:H5年(株)銀河書房刊
・制作:99/01/31・更新:99/03/07

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