信州・木曽福島黒川の民謡

黒川は、木曽谷黒川の上流に遡る形で集落が点在している地域で、昔は山間の僻地であった。ここは民謡の宝庫で、「信濃奇勝禄」に載る14の踊りのうち。三拍子・ひげ・やむろ(伊勢路とよぶ)横手・天草の五種類の唄が現存しており、その他にも「よさこい」「こちゃえ」などの古い民謡が沢山残っている。昔から伝えられてきた数々の民謡、時のがれに変化したり、消滅したりしているが、交通不便な山奥の村に澱んで残ったものと考えられる。
・三拍子:信濃奇勝禄に載る古い祝い唄で、結婚式はじめ祝いの席で今でも唄われている。黒川君が代と呼ばれ、結婚式では謡曲代わりに唄われ、古い民謡の形態を残す貴重な唄である。節を長く引いて、繰り返してご詠歌のように唄う。開田村にも残る横手も同様な歌い方。

〆エー目出た目出度の若松様は         枝も栄える葉も茂る
〆  今年しゃ嬉や思うこと叶うた     鶴が御門に巣をかけた
〆  お前百まで私しゃ九十九まで     共に白髪の生えるまで
〆  木曽の黒川水清ければ繁る       深山の影うつる
〆  繁る深山は黄金の倉よ           黄金花さけ身をむすべ
〆  今年しゃ豊年穂に穂が咲いて桝は とりのけ箕ではかる

・横手:信濃奇勝禄に載る古い唄。仰木を持って踊る素朴な踊りがついている。末川が本場で、末川舞といって、江戸時代、黒沢の御嶽神社の若宮の祭礼に、木曽代官の奉納する流鏑馬の神事、福島三大寺の僧侶達によってなされた大般若経の転読と共に毎年必ず奉納されていた。末川では、いかなる場合でも真っ先に唄われていて、その歌詞も祝宴・神事・仏事と三通りに区別されていた。黒川では、三拍子が最も重い唄として横手はさほど重視されていなかった。が、お盆やお祭りには扇を腰に差して盛んに踊られたと云うが今では今では踊れる人が居ないと言う。

(祝宴)  〆目出度目出度の若松さまは枝も栄ゆる葉もしげる
(神事)  〆おもしろいよな上方街道のぼるしゅもある下向もある
(仏事)  〆後生願はば親様ねがえ親はこの夜の弥陀如来

・伊勢路:信濃奇勝禄に載る「やむろ」のことで、越後の民謡「岩室甚句」に由来する唄。 開田村の「岩村」と共に今でも残っている。岩室甚句は、新潟県西蒲原郡岩室地方で、古くから唄われた騒ぎ唄である。岩室は江戸時代から湯治場として知られ、この唄も四方へ宣伝されたといわれている。その後出所が不明確になり、岩室がなまっていわむら、木曽福島黒川では、元歌の石瀬(いしぜ)が「伊勢路」となり、お伊勢参りのはばぎぬに欠かせない唄となった


・参考:木曽節に関する資料を「木曽福島役場」から送って頂いて、参考にさせて頂いた。ご厚意に感謝します。
・制作:99/02/06

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