宝暦義民の碑:99.06.12訪


宝暦義民之碑 宝暦義民の句碑
青木村は義民の村というのがキャッチフレーズらしいが、何で義民の村なのかというと、上田藩の領地であったというこの村は、藩政時代五回も農民一揆の起こったところだそうだ.義民の碑や墓が村の各所にある.
この「宝暦義民之碑」は、その内の一つ.宝暦十一年(1761)浦野組夫神村(夫神岳北斜面にある現青木村の部落)に端を発し上田領全領にわたる農民一揆宝暦騒動の張本組頭浅之丞・百姓半平の供養の碑.昭和十六年(1941)夫神に埋没していた二人の墓が発見されこれを機に「宝暦義民之碑」(写真左)が建立され、二人の供養が行われたという.右の写真の句碑には”義民いまは神として冬の山はありし””霜の菊の咲き出きいづるなおも一輪二輪”とある.
・照会:青木村総務課: 0268-49-3131

・参考:平凡社刊・郷土歴史大事典・日本歴史地名体系20「長野県の地名」
・制作:99/06/19

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