はじめに

 信州の自然と文化と温泉を尋ねる「信泉会」というグループが信州に限りない憧れを持つエンジ ニアたちを中心につくられている。私もその会の熱心な会員の一人である。もっとも会といっても まったく私的なものだから、二人いる信州出身の幹事の計画に従って、彼らの推奨する信州のひな びた温泉へ春秋二回くらい出かけていって、気ままに旅するといった程度のものだ。しかしこの“ 信州見学”の計画は毎回かなり真剣に熱心に論議がかわされて決定する。それは貪欲に信州を見た いということのあらわれである。
 また、私は広島県出身である。私と信州の出会いは高校二年のときだった。初めて、夏なのに雪 の光る信州の山を見て感激した。あの時の印象はいまも忘れられない。それ以来、毎年春夏秋冬の シーズンに一度は信州の山を訪れている。そして数年前、青木湖畔に山小屋を持ってからは、「信 泉会」行事やスキーを含めて、平均すると月に一回の割で信州へ行っているのである。
 信州に山小屋を持つに至った経緯も簡単に紹介しておこう。私は学校では山岳部に属していて、 卒業後も正月にはOB合宿をする習わしとなっていた。そして合宿後、気の合った仲間と二次会と いうのがあり、スキーをしたり、ただ温泉に入って酒を飲むというようなことをしていた。たまた まOB合宿を葛温泉(北葛岳へ登った)、二次会を中房温泉でやったときのことである。夕食のテ ーブルにイナゴの佃
煮が出たのがきっかけで、いまでは楽しい憶い出にすらなっている戦時中の疎 開の話に花が咲いた。話は飛躍して、現代の子供はかわいそうだ、子供に自然教育の場を与えねば ならないということになり、さらに話は弾んで、子供達のために、共同で山小屋を作ろうと衆議一 決した。信州というと夢中になる連中ばかりだから、場所は当然信州で、いろいろつてを巡って、 その年のうちに青木湖畔に土地を購入した。翌年の五月の連休に、仲間が集って穴掘り、コンクリ ート流しの基礎作りをし、建物は本職にやってもらって、昭和四十四年七月に小屋が完成し、“鹿 島クラブ”と名付けた。発足当時は、子供のまだない仲間も居たが、現在ではそれぞれ子供たちも 大きくなり、山小屋は当初の目的通り、自然のふれあいの場として利用されている。
 以上長々と指示を述べたのは、私と信州との出会いやつきあいを少しでも信州の方々に理解して いただこうという理由からである。信州は私にとって文字通り心の故郷である。信州に憧れ、信州 を愛する多くの異郷人と同じように、私にとって信州のことはどんなことでも気になるしだいであ る。しかし哀しいかな、生まれ育った故郷ではない。したがってそこに生活している人々の、自然 に対する感情は、とうてい理解できないであろう。
 以下の信州論も、しょせん他国者の勝手な空論との謗りは免れまい。それでもなお、私は信州の こととなると夢中になるのである。

 信州の景観−−スイス比較論−−

 信州をレジャー(自然教育も含めて)の対象あるいは、観光資源と見た場合、まずその景観が入 り口となる。すなわち景観は信州の顔である。
 志賀重昂が、紅葉鮮かな日本の秋の優秀性を、英国の秋に比べて論じている(日本風景論)。こ の手法にならって、日本の屋根、信州の景観を論じようとすれば、比較の対象は当然ヨーロッパの 屋根と呼ばれているスイスになる。スイスは、アルピニズムからみとも、観光地、リゾートとして みても、信州の先輩であり、国際標準と考えても良い。
 スイスの景観を特徴づけるキーワードを列挙すれば、山、氷河、湖、U字渓谷、アルム(草原) 等で、それに多少人工的なものも加えれば、登山電車、ロープウエー、国旗、教会の光塔などであ る。これらは、実際にスイスへ行ってみれば、印象深く眼に焼き付けられるものであるし、行かな くても、カレンダーの写真などで馴染深いものばかりである。
 これらのキーワードが、信州の場合どう対応するかをみよう。
 山、イタリア国境のモンテローザが四六三四メートルで、飛騨国境の穂高岳が三一九〇メートル である。この約一五〇〇メートルの差は登山を対象に考えれば決定的に劣る。しかし単に景観とし てみるならば、穂高の方が、冬の真白から九月の真黒まで、いろいろなトーンと残雪のパターンが みられて、むしろ優れているといえる。
 氷河 信州に氷河がないということが、アルビニズムに目覚めた登山家達の等しく悩んだところ であった。しかしこれも、風景としてみる場合、大きな欠点とはならない。ユングフラウヨッホに 立って見るアレッチ氷河は単なる雪原で、冬の涸沢と大差はない。
 湖 信州にもスイスに劣らず湖は多い。信州の湖沼は、規模が小さく、神秘性に乏しい嫌いはあ るが、これは成因によるものであろうし、ほかの風景との調和の上からも仕方があるまい。
 U字渓谷 氷河によって削られた谷は、断面がU字になるといわれている。たしかにスイスには 、その名の所以が一目でわかる深い谷がある。しかし、三代国鉄景観といわれる姨捨から見る千曲 川の眺望は、ブリューリッヒ峠(チューリッヒからベルンは行く途中)からみるハリス谷の眺望に 比べて決して劣るものではない。千曲川の他、駒ヶ根ロープウエーから見る伊那谷、杖突峠からの 諏訪・芦野、佐野坂からみる白馬村等いずれも、深くはないが、スイスの谷の雰囲気がある。
 国旗 スイスを旅して印象的なのは国旗である。街にいては全く目に付かないが、景色の美しい ところへ行くと、実にタイムリーに現れるから不思議である。紺碧の空に赤に白十字の国旗が鮮や かにはためく様は、自然とよく調和し、写真などに撮ればこれがまさに点晴である。スイスでは、 国旗が自然をより美しく見せるために大きな働きをしている。
 日の丸は信州ではあまり見かけることはない。スイスの国旗に相当するのは、五月の節句に立ち のぼる鯉のぼりではないだろうか。連休に、松本塩尻間の国道が混むので、山ノ手の五千石通を通 った時、芽吹いたばかりの緑やリンゴの花ほころぶ農園に囲まれた家々に立つ鯉のぼりがとても美 しく印象的だった。
 このようにみてくると、スイスにあって、信州にない決定的なものは、カウベルのこだまする草 原アルムである。アルプスの少女ハイジに出てくる風景である。信州にも、霧ヶ峰、美ヶ原、浅間 山麓などに顕著な草原はあるが、火山性の草原とアルムとでは決定的な差がある。すなわちアルム では、山に向かっては、氷河を擁する白銀の高山が迫り、谷に向かっては、U字渓谷の断崖に終わ る広大な段丘上の草原になっている。したがって、アルムにたたずんだときに受ける感じは、そこ にカウベルのカランコロンとこだまする響きが加われば尚更のこと、例えば車山の山頂の感じとは 全く異質である。
 逆に、信州にあってスイスにない景観は、先にも述べた火山性景観である。火山性景観は、遠望 によって顕著な美しさを示す。例えば、八ヶ岳浅間山御岳等である。これらは山塊のもつボリ ュームと、コニーデ状のすそ野の拡がりが調和して独特の美しさを誇っている。
 以上スイスとの比較において信州の景観を論じたが、要するに、信州の景観はスイスに匹敵する くらいに美しい要素をもっていると云いたかったのである。それらの要素から、それを見る人をし て美しいと感じせしめるには、見る人の方にも、また見せる方にもそれなりの工夫と努力がいる。 見る方は例えば季節を選ぶことが重要になるし、見せる方は見る人が自然から何を得ようとしてい るかをよく考える必要がある。信州の観光はこのことを充分に考えないと、大きな失敗をする。い や観光というせまい範囲のことだけではなく、与えられている恵まれた環境をどう考え、どういか して生活していくのか、そこでは信州という地域の人々の知恵や姿勢がとわれてるところではなか ろうか。

 自然とのふれ合いと破壊

 自然を論じようとするとき、自然破壊について触れないわけいかない昨今である。自然破壊はむ しろ、電源開発、地域開発、農場開発とうによるものの方が大きいと思われるが、レジャー施設、 観光開発による破壊もむろん見逃せない。
 信州の自然とのふれ合いを志す人は、そこから何らかの快感すなわち、肉体的あるいは精神的満 足感を得ようとする。そして得られた快感が大きければ、それだけ感激も大きく、人の心に永く記 憶され後の人生に影響を与えることになる。
 自然から得られる快感は、自然とのふれ合いが大きければ大きい程大きい。しかし一般にふれ合 いが大きいということは、それだけ自然を破壊することになる。例えば、シナノキンバイの咲き乱 れるお花畑は、その中に大の字になって寝転んではじめて大きな快感を憶える。またキャンプの快 感は、自分の気に入ったところに自由にテントを張り、枯れ枝を集めて焚火をすることによって得 られる。
 すなわち、快感を求めて自然と触れ合えば、そこに必ず得られる快感に比例して自然を疵付ける ことになる。これが、自然破壊の原点である。
 一般に個人が散発的に行う自然破壊は、自然の回復力に比べて小さいので大きな問題とならない 。問題となるのは、数と頻度が限界を越える場合である。したがって、観光開発によって道路やロ ープウエーを建設すれば当然自然破壊が起る。道路を作り便利を良くしておいて、自然破壊を理由 にそこを訪れる人に規制を加えれば、訪れた人々は、自然から得る快感が極端に少なくなる。夏の 霧ヶ峰でマツムシ草の花咲く草原に人を入れない規制は、せっかくの高原情緒をたいなしにしてい る。
 しかし一方信州の美しい自然を、より多くの人々に分かち与えようとするとき、自然破壊をどの ように回避するかは、かなり高度な、しかも学術的課題であろう。そこに住む信州の人々の自然環 境に対する考えや姿勢を明確に尊重した上で、私のような半信州人(と自分では思っている)はも ちろん、日本全体の問題として考えていかねばならない。
   (山本正隆:横浜市在住・広島県出身)
   ・・・・(山本正隆氏のプロファイル



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 森 俊二(Shunji Mori) Mail: s.mori@asahi-net.email.ne.jp