信濃の城趾:高遠城趾


月蔵山(がつぞうやま)西側山麓が西に突きだした台地上にある城趾、南に三峰川、北から西にかけて流れる藤沢川を見下ろす天険の地。西のかなたに中央アルプス駒ヶ岳を望む場所である。古くは諏訪社領であったが、戦国時代、天文14年(1545)武田信玄が、当時の領主諏訪頼継を攻め破り、城を築いた。が、天正10年(1582)、織田氏の攻撃により落城。県歌信濃の国にも登場する当時の守将であった信玄の五男仁科五郎信盛の壮絶な最後は、今でも語り継がれている。その後城主がいくたびか入れ替わっているが、江戸幕府創設時は保科氏、幕末時には、三万三千石の内藤氏であった。
城趾は公園となっていて、高遠小彼岸桜が植えられ、桜の名所として名高く、花の盛りの時期には町に入れないほどの賑わいを見せる。大奥の女中と歌舞伎役者の悲恋として知られる江島生島事件の江島が幽閉された屋敷も近くに現存している。また、新宿御苑は高遠藩の江戸屋敷跡である。
・照会:高遠町産業課:0265-94-2551

・制作:01/01/04・更新:01/04/18(水曜日) 06:16:36
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