上田散策:99/03/13

JR上田駅 上田原合戦場跡 北国街道柳町 上田城趾 そば処刀屋
上田市は、古く松本に移す前信濃国府の置かれたところ.奈良時代信濃国分寺・国分尼寺も置かれていた. 古の官道「東山道」が通じていたところだ.松本から保福寺峠を越えて最初の駅「浦部」は、青木村と接する上田市にあった. だが、何といっても上田の名を高らしめているのは、真田昌幸(幸村の親父)の上田城築城と徳川軍との戦いで 二度も撃退している事に尽きる.その上田城は、町の中心部に二の丸・本丸とも城址公園として市民に解放されている. 西北隅櫓が残っている.櫓門も最近再建された. 上田は、江戸時代上田藩城下町であったと同時に北国街道の宿場町でもあった. 街道は、今の上田市街を折れ曲がって通じている.江戸時代の宿場の名残を色濃く残す所は、柳町と常田通りだそうで 紺屋町の道筋もまだその名残を所々に残している. 私も何度か上田を訪れているが、まだ系統的に散策したことがない.今回、青木村のアイリス祭りを見た帰りに寄ってみた. 北国街道筋柳町界隈には、地酒亀齢の蔵元岡崎酒造格子戸の茶や森文など江戸時代の建物が残り、柳が植えられていたりして 道幅もそれらしく確かに往時の姿を色濃く残している所だった. 上田城は、夕方近くに訪れることとなった.前来たときと違っていたのは、櫓門が復旧され、城の入り口らしい佇まいを 整えたことだ.彼の真田石の大石は、櫓門右脇の石垣に組み込まれて位置していた.場内の真田神社真田井戸西櫓など あわただしく見て回り。城跡を後にする. 上田には、最近の観光名所として、池波正太郎記念館が出来たという. 最近亡くなった「鬼平捕物帖」「真田太平記」の作者池波正太郎の遺品・功績が展示してある. この記念館が上田にあるのは、市民の誇りとなっているようだ. そば屋は前に「刀屋」に寄った.ボリュームの手打ちそばが人気の店だ.他にも旨いそば屋を試してみたい. 国分寺・国分尼寺跡も確かめてみたい. 今回は、夕方近い約二時間あわただしく上田を歩いて、新幹線で帰京した.車内で試した亀齢は残念ながら私の好みで なかった.酒の味は、体調・場所・保管状態などに左右されるし、人の好みは種々様々だから、江戸の昔から続く 蔵元の味に私はなじめなかっただけ.
青木村への道国道143号線沿いに「村上軍武田軍上田原合戦之地」の看板があった. 上田原の戦いは、戦国時代の天文十七年(1584)二月、信州へ進出してきた甲斐の武田晴信(信玄)軍と信濃国坂木(埴科郡坂城町)に本拠をもつ村上義清軍 が衝突し激戦のあったあったところ.このときは村上軍が武田軍を退けたが、やがてこの地を含め、信濃の地は甲斐の武田信玄に蹂躙され殆どがその配下に置かれることになる.真田氏は、信玄に組みし信玄旗下の武将として名を連ね、近くの生島足島神社に信玄と共に起請文を残している.
この上田原にあの幻の富倉そばを食べさせてくれる「富倉屋」がある。『茸毛そば(じょうもうそば)』と呼んでいるそのそばは極限まで薄く打たれた旨いそばだ

信州の鎌倉「塩田平」歴訪:97.03.19

・照会:上田市商工観光部観光課:0268-22-4100

・制作:99/06/19・更新:00/09/07

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