保福寺宿歴訪:99/03/13

保福寺宿風景長野県上水内郡四賀村(旧保福寺村)錦部の集落は、古の道「東山道」の駅「錦織にしごり」が置かれていたところ。保福寺峠越えの重要な駅であった。 国府の置かれていた松本(覚志かがし)から来た旅人は峠越えに備えてこの宿に足を止めた。峠の向こうは、青木村(浦野うらの)。江戸時代は、保福寺街道保福寺宿。古くから重要な宿場として利用されてきた。地名は宿の東端にある保福寺に由来する。松本藩の番所保福寺番所が置かれた。
本陣小沢家部落の中程に立派な蔵付きの家があった。本陣を勤めた小沢家住宅で今も現役。外からそのどっしりとした佇まいを拝見するのみ。集落の向こうには常念岳・安曇富士(有明山)など雪を頂いた北アルプスの山々が峰を連ねていた。明治の時代に英国の登山家ウェストンが保保福寺峠から北アルプス連峰を一望し、その荘厳さに感動し、スイスのアルプスになぞらえて”日本アルプス”命名したという。今では、峠の頂に”日本アルプス命名の地”の碑がたっている。この部落は、昔絹織物が盛んに作られたところという。地名の”錦部”は、それに由来する。明治になった鉄道が敷設されると、峠も宿場もその役割を終え、今では交通も不便なひっそりとした山間の部落の佇まいである。車社会の今日、松本から上田方面へのルートは三才山トンネルを抜けるルートが盛んに使われていて訪れる人も少ない
保福寺山門 部落のはずれにある保福寺は、古刹。古くは真言宗のお寺であったが、今は曹洞宗のお寺。大きな草鞋のかかった山門をくぐり、急な石段を登ると本堂がある。
道祖神山門の脇には道祖神が、本堂の参道脇には、五体の地蔵立像があった。保福寺下、山門近く、家々の屋根越しに見える北アルプス連峰も美しく望むことが出来た

・参考:東山道と保福寺峠:青木村から旧東山道を絡めて通ずる道を経て保福寺峠へ・山姿は見えず.(99.06.12)
・交通:JR中央線松本駅下車、松本駅バスターミナルから保福寺下行きバスが一日数便往復している。車では中央道長野道松本インターを降り国道143号線を往く。
・照会:四賀村商工観光課:0263-64-3111

・制作:99/03/22

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