中山道「小田井宿」

旧本陣 上問屋
旅籠 下問屋
江戸日本橋より第21宿40里14丁、京へ95里8丁
小田井宿は天正年間(473-92)に誕生し、慶長(1596-1615)以降宿場としての機能が整えられた。
昭和に入って数度の工事で、道の中央を流れていた用水路も南側に寄せられたが、東西の入り口にあった枡形もわずかにその形を留め、上の駅・下の駅は茶屋など小商売が多く、中の駅にあった本陣・問屋・旅籠などが残り、当時の面影を偲ばせてくれる。
文久元年皇女和宮の御昼食休みに代表されるように、多くの姫君の休泊に利用され。「姫の宿」とも称されている。街道の繁栄期であった文化・文政期には、文政五年(1882)で199戸・人口525人を数えているが、他の時代には小さな規模のお伝馬に生きた宿場であったようである。町並みは寛延元年(1748)で7丁23間(830b)あった。和宮より拝領の人形が残され、それにちなんで8月16日に小田井宿祭りがおこなわれている。(昔の東の枡形ある案内板より転記)。 写真:旧本陣跡(左上)・上問屋跡(右上)・旅籠(左下)・下問屋跡(右下)



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