小諸城三の門表 小諸城三の門裏

懐古園・小諸城三の門
寄棟造りの二層の城門で、懐古園の入り口にある.元和元年の創建.寛保二年の大洪水で流失.明和二年に再建.
両側に矢狭間・鉄砲狭間が付けられた戦闘式建物.正面の「懐古園」の額は、徳川家達の書.国指定重要文化財

この城は全国にも珍しい、城下町より低い穴城.浅間山火山灰で出来ているため、水を持ちいず崩れやすい断崖が
堅固な要塞となっている.

小諸城の起源は、平家物語に登場する小室太郎光兼(木曽義仲の部将)のにさかのぼる(城址東館)、その後大井光
忠が小室氏を押さえ鍋蓋城を構えたが、武田信玄の攻略により落城.そのご、この地を重要視した信玄が山本勘助
と馬場信濃守信房に命じて作らせたのが現在の小諸城の原型.
その後城主は、信長時代には、部将滝川一益・家康の部将松平源十郎康国が、豊臣時代には、仙石秀久が城主とな
って、二の丸・黒門・大手門を、子の忠政が三の門・足柄門を建て完成した.
その後、城主は徳川・松平など六氏に代わり、源六十五年、牧野氏になり十代続いた.

明治四年廃藩置県により城としての機能を終え、明治十三年に神社(鹿島神社)を祀り、懐古園と呼ぶようになっ
た.園内には、島崎藤村記念館・「千曲川旅情のうた」歌碑・小山敬三美術館・寅さん記念館・動物園などある。
桜の名所として日本の桜名所百選に選ばれた場所で、桜祭りが開かれ、市民で賑わう.

参考;懐古園のパンフレットより



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