妻籠宿の史蹟「枡形の跡」

宿場は、幕府により防塞施設として作られており、敵の侵入を阻むために道を直角に折り曲げて、いわゆる「枡形」を設けていた。
坂の下の下嵯峨屋は、当初、長屋であったものの1戸を昭和43年に解体復元したもの。妻籠宿における庶民の住居を代表する片土間に並列間取りの形式をとどめている(町文化財)

・参考:パンフレット
・制作:98/08/29
   

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