| 名称 |
武水別神社(たけみずわけじんじゃ)・通称:八幡さま |
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| 祭神 |
武水別神(たけみずわけのおおかみ) 誉田別命(ほんだわけのみこと) 息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) 比呼大神(ひめおおかみ) | |
| 由緒 |
創建は、社伝によると、第八代孝元天皇(214-256BC)の御 代の鎮斎と伝えられている。 その後、安和年間(968-970)に京都の石清水八幡宮より、 誉田別命・息長帯比売命・比呼大神が勧請され、社殿に奉斎 された。 延喜式神名帳(平安中期)に名神大神として記録されおり、 三代実録(延喜元年)には、清和天皇貞観8年6月従二位、 九年列官社とあり、太古より大社であったことが窺える。 中世は、、この地方随一の八幡宮として諸将の尊崇が篤く、 木曽義仲の戦勝祈願・海津城主森忠正公(慶長七年)・松代 城主真田伊豆守(寛永十三年)の寄進・江戸時代には社領2 00石の朱印地を寄進された(慶安元年)。 明治17年県社に列せられた(神社本庁別表神社) | |
| 御神徳 |
主祭神の武水別神は、国の大本である農事を始め、人の日常 生活にきわめて大事な水のこと総てに亘ってお守り下さる神 様。穀倉地帯「善光寺平」の五穀豊穣と脇を流れる千曲川の 氾濫防止を祈って祀られたものと思われる。 誉田別命は、八幡大神と称せられる応神天皇のことで、古来 文武両面の徳をもって世に崇められ、国家の鎮守・国威宣揚 のために、農地を開拓し、学問を勧め、中国から学者や職工 招き民業を指導し、国威の充実と、人間生活の進展向上に尽 くされた大徳のある神である。 息長帯比売命は、応神天皇の母君「神功皇后」のことで、そ の昔仲哀天皇の意志を継いで、皇軍を三韓(新羅・百済・高 句麗)に進め、任那との親交を図り、綾威を遠く海外にまで 展げられた神である。 比呼大神は、前の神々と神縁が深く、御婦徳・御威徳兼ね備 えた「田心姫」「湍津姫」「市杵鶴姫」三女神の総称であり 、国家鎮護、航海・交通安全の守護神として仰がれている。 | |
| 祭礼 |
例祭:9月14日・御田植祭:1月5日 新嘗祭(通称大頭祭:12月10−14日):四百余年続く神事 | |
| 名跡 |
本殿:流造・嘉永三年・大工立川和四郎建) 拝殿。神餞舎・宝蔵・ 高良社(室町後期建・県文) | |
| 場所 |
〒387-02 更埴市八幡3012 0262-72-1144 | |
| 交通 |
鉄道:JR信越本線屋代駅西南4粁 | |
| 照会 |
更埴市商工観光課:0262-73-1111 | |
| 備考 |
天台宗信濃五山の一つ「更級八幡神宮寺」は、この更埴市八幡武水別(たけみずわけ)神社の神宮寺・別当寺でした。が、明治の廃仏毀釈のおり、廃寺となりました。 北国西街道(善光寺街道)の蔵の町「稲荷山」宿は、この近く。 |